【お墓の歴史】時代別に見るお墓

これまでお墓に関する情報をご紹介してきましたが、
そもそも日本のお墓は『いつ頃』から、『なぜ』建てられるようになったのか、ご存知でしょうか。
あらゆる宗教において、お墓を建てることを義務づけている教えはありません。

日本では一般的に、お墓に埋葬し供養することによって
故人の魂が浄化され成仏するというふうに考えられてきました。
近年埋葬方法は散骨や樹木葬など、時代とともに形をかえていますが
このような民俗としての伝統的な考え方は現在でも受け継がれているようです。

今回は日本のお墓の歴史についてご紹介いたします。

縄文時代のお墓

日本最古のお墓は、北海道上磯郡の湯の里4遺跡で1983年に発掘調査された
旧石器時代の土坑とされ、1991年に国の重要文化財に指定されました。
土坑墓は遺骸をそのまま土に埋葬する方法で、初期の土坑墓は平らな底の一段掘り形式が多く見られていました。
この埋葬方法には姿勢によって2つに分けられ、屈葬と抱石葬があります。
屈葬は、生きている人間に害を及ぼさないように死者の手足を折り曲げる方法、
抱石葬は死者は恐ろしいものとして、遺骸から魂が抜け出さないように
大きな石を抱えさせ埋葬する方法です。

屈葬は日本以外ではあまり見られない埋葬方法で、
他の国ではアフリカの一部地域ぐらいにしか存在しないようです。

 

弥生時代のお墓

両足を折り曲げない伸展葬という埋葬方法が多く見られるようになったため、
弥生時代の土坑墓の形は楕円形や長方形が多くなりました。

弥生時代で埋葬方法が変わった理由は、身体を曲げる時間的余裕がなくなったことや
死者が生き返らないとわかったからなどとされています。
また、弥生時代中期には土坑墓にかわり甕棺墓が主流となります。
社会階層が形成されたこの時代には副葬品として青銅製の武器類や
銅鏡などが一緒に埋葬されており、
死者の霊に対する恐怖心が少しやらわいでいることがわかります。

 

古墳時代のお墓

古墳時代では支配階級の埋葬方法が大きく変わりました。
この時代の代表的なお墓は大阪の堺市にある仁徳天皇陵のような前方後円墳です。
土を高く盛り上げてつくった頂上付近に死者を埋葬するのが特徴です。
その形から前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳、中方双方墳、上円下方墳に分類されます。
古墳時代の前半期は大型の前方後円墳が多く登場し、
ほとんどが豪族1人を埋葬するためだけにつくられました。
一方で庶民の埋葬に関しての変化は特になかったようです。

 

中世のお墓

646年に「薄葬令」と呼ばれる詔勅が出され、
お墓の大きさや築造にかける期間など、細かく制定されるようになり、
古墳時代のような大型の古墳は作られなくなりました。
701年に制定された大宝律令以降は三位以上の身分の者のみ古墳を作ることが許され、
庶民は一定の範囲の葬所を利用し、複数の場所に散埋することは許されなくなりました。
また仏教が火葬の風習を伴って、インドから日本に伝わり火葬が広がります。
700年に僧侶の道昭が火葬されてたと記録が残っており、そこから主に上層階級に広がりました。
702年には、持統天皇も火葬にされています。
しかし、上層階級の間のみで庶民は土葬が主でした。

 

奈良時代~平安時代のお墓

お墓の形に大きな変化はなく、
庶民の墓は飛鳥時代と同じく一定の場所が設けられ、そこに埋葬するように定められていました。

 

鎌倉時代のお墓

鎌倉時代には、浄土宗や浄土真宗といった鎌倉仏教が一般的に普及し、火葬も広く利用されるようになりました。
しかし、設備や技術が未熟なため土葬と火葬の両方が続きました。
また鎌倉仏教が広まったことで仏教の死生観も一般的に知られることとなりました。
お墓の特徴としては、木製だったものが石塔になりました。
主な石塔は、五輪塔、宝きょう印塔、多宝等、無縫塔などがあげられます。
これらは供養塔的な目的で建てられた石塔も、次第に墓塔的な性格が強くなっていきます。
また、鎌倉時代の武士・僧侶の埋葬法は「平地埋葬」と「やぐら」があります。
平地埋葬は、周囲に土居をめぐらして墓域であることを示す方法、
やぐらは三方を取り囲む丘陵地に無数の岩穴を開き、火葬された遺骨をその中に納め
供養の印として小型の五輪塔を納める方法です。

 

室町時代のお墓

奈良時代から京中寺院における埋葬は禁止をされていましたが、
それ以外の阿弥陀寺や知恩寺に対して、境内への土葬が許可されました。
これが現在の寺院墓地の始まりとなっています。

 

江戸時代のお墓

墓石のあるお墓をつくるようになったのは、この時代です。
幕府が檀家制度をひき、お墓を管理する体制をつくったことで庶民もお墓を持つようになりました。

 

近代のお墓

明治初期、全ての寺院墓地が国有地となり、その後法律によって自葬が禁止されました。
これにより、葬儀は全て神主や僧侶によって行われるようになりました。
また、火葬禁止令が出されましたが、土葬用の土地に余裕がなくなり
2年で撤回されることになりました。
その後、衛生的な観点から火葬の有用性を認め、火葬が義務化されるようになりました。

おわりに

いかがでしたでしょうか。
お墓の歴史をみてみると、墓石や火葬の歴史が意外と浅いことがわかります。
『死』への考えも時代とともに変化があり、新たな知識を得ることができました。
最近でも散骨や樹木葬などの埋葬方法や、核家族化による墓じまいなど、形や考え方も変わってきています。
しかし、どのような形になっても故人を想う気持ちには変わりはないことは確かです。

ご自分や家族にあったお墓の形を考えてみてはいかがでしょか。

 

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